2011/10/02

イリリアはアドリア海を挟んでイタリア半島の東にある地域で海賊の巣窟になっている。これほどの人数になった私たちにはハミルカル同様本拠地が必要であった。ローマの許可を得て(海賊退治なら同意してもらえる可能性は大きい)イリリアを討伐した後、根拠地を獲得すれば同盟国と認められる可能性もある。

私の説明に加藤はこう言った。
「それなら全員連れて行けるんじゃないか?」
「それは2つの点で難しい。ハミルカルには兵力が必要だし、私たちの兵力が多すぎければ、ローマや隣国となるマケドニアに不安を与える」
しばらく説明すると全員が納得してくれた。

その後トキにだけ残ってもらい詳細を話した。
トキがいなければこの世界で私は何もできずに終ったかもしれない。それほどトキの能力は高い。とくに経理は神憑りであった。
「了解したわ。全部可能よ。ところで、キヨ……」
「なに?」
「あなた本来の歴史に干渉するのを嫌がっていたでしょう。これは?」
「本来なら、たしかローマが動くはず」
「なるほど――。でも、それでいいの?」
「どういう意味ですか?」
「あの子のことよ」
「ハンニバル?」
「ええ」
「20年後ですよ」
第二次ポエニ戦争のことだ。
「この世界での私たちの老化については一度話したと思うけど」
「それは推論に過ぎません。それに私は元の世界に戻るつもりなんですけど」
「オーケイ、了解。それに関しては約束どおり協力を惜しまないわ」

少し説明がいるかもしれない。いまや私以外の四人に元の世界に戻るつもりがないことを。

トキが出て行った後の部屋に私は1人でいた。私の部屋で待っているはずのピピとその姉のライヤにはもう少し待ってもらおう。寝る前の大騒ぎが始まればゆっくり考える暇はなくなる。
イリリアの攻略方法を考えているとドアが小さくノックされた。ノックの位置は低い。その身長で私の親衛隊長をもって任じているライヤの警護網を通り抜けられるのは1人だけだ。
「どうぞ。御曹司」
入ってきたのは案の定ハンニバルだ。
「キヨ、邪魔したかな」
「いえ。就寝までには少し間があるので考え事をしていました」
彼の目はあやしくきらめいている。まさか9才で私に求愛する気なのだろうか。
「2人きりで会える機会はもうないと思う。キヨに聞いておきたいことがあるのだ」
「なんでしょう」
「父上は私にローマを生涯の敵にせよと仰せられた」
「平和が訪れたばかりだというのに」
「まあ聞いてくれ」
「ええ」
「私はまだ子供だけれどローマ軍がさほど強いとは思えない。父上もシシリーでは優勢だったし、大王の戦法に比べれば稚拙だと思う。私は勝てるだろうか?」
目の輝きはそのためだったのか。彼の言う大王はアレキサンドロス3世、この世界でも100年ほど前に全オリエントを征服していた。
「私などよりハミルカル殿に聞かれたほうが」
「キヨの戦い方は聞いた。大王の戦法を熟知していると私には思える」
えい、くそ! 父親から聞いた話だけで気付くとはこいつはやはり天才だ。おまけに、えもいわれぬ魅力がある。
「アレキサンドロスは天才でしょう。しかし敵のペルシャは」
「ペルシャは大国だぞ。人口も富もローマをはるかに超える」
「それは巨大な竜にも例えられるでしょう。しかしイッソスで牙を抜かれ、ガウガメラで頭脳を失い滅びました」
「ローマは?」
「ヒュドラですね」
9つの頭をもつ蛇である。
「ヘラクレス神話の?」
ヘラクレスの一二の功業の2番目にあたる。
「ええ」
「不死の頭はどれだ。元老院か?」
鋭すぎる。
「それに民会です。市民全員を殺すかとらえて奴隷にしない限り勝利になりません」
私は軍役につけるローマ市民の数が25万をこえること、防衛に当たっての市民兵の手ごわさを説明した。ローマの勝利は動かぬと知りながら。
私から情報を絞りつくすとハンニバルは思わず見入ってしまうような笑みを浮かべた。
「よくわかったよ、キヨ」
「お役に立てれば幸いです」
「キヨは天才だな」
「エルフの千里眼ですよ」
「嘘を申せ。10年したら迎えにいく」
「え?」
「さらばだ」

彼の去ったドアをしばらく見つめていた私はピピたちを待たせすぎたのに気付いた。慌てて寝室にしている部屋に行く。ドアを開けるとベッドの上に背を向けた2人が座っていた。待たせたことに対する怒りを示しているのだろうけどぴくぴく動く猫耳が期待を表している。こちらが下手に出るのが常套手段なんだけどちょっと悪戯心が出た。リボンをはずし服を脱いでシーツの中にもぐりこもうとした。裸の私に2人の尾が絡みつく。
「ちょっとそれ反則」
「反則は私たちと違います」
ライヤは少し意地悪な顔をしている。
「待たせすぎです、キヨ様」
「いろいろあったのさ」
どうせライヤは部下の報告を受けるだろうけど簡単に事情を説明した。
説明するうちに2人は私を挟み、尾のくすぐりは我慢できないまでになってきた。ライヤの柔らかい耳が脇腹をくすぐり、ピピが後ろから首をなめると力が抜けてしまう。
「ちょっと止めて」
「止めていいんですか?」
「今夜は意地悪ね、ライヤ」
「あら、どちらが」
「きゃ」
私はあわててネコじゃらしをまさぐった。

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