一隻の商船でカルタゴに来てから、わずかの間に莫大な資産を手にいれたのはハミルカルのおかげである。私は心のそこからの感謝を込めて言った。
「閣下の栄光がますます盛んになりますように」
「キヨも来ればいいではないか」
可愛らしい声に私は思わず微笑んでしまう。それはまだ若干9歳のハミルカルの息子ハンニバルである。本来ならこのようなパーティーに参加するには若すぎるが、彼もヒスパニアへ行くので少し早い社交界デビューになった。ギリシャ人家庭教師のシレヌスを伴っている。
「これは御曹司、ご機嫌麗しゅう」
「挨拶などどうでも良い。キヨも来ればいいではないか」
「これ無理を言う出ない」
「しかし父上」
「キヨは海の商人でございますれば、御厚情により得た資金を貿易にて運用したく存じます。なに、私どもの商品を買っていただきに参上しますから」
「きっとだぞ」
この度のいざこざで西地中海はローマの支配下に入り『我ら(ローマ人)の海』となり、海賊を除けば航海は安全になった。貿易の増加は期待できる。
会話を続けながらハンニバルの将来に思いをはせていた私は、これから進むべき道を思いついた。
ピピのお腹が満足したころにはパーティーも終わりかけていたので、私は会場を後にした。
予備の部屋に私と共にこの世界に飛ばされた5人全員が集まる。
トキ・ゲンドゥルは金髪碧眼のゲルマン女性で大柄、狼人の男女カイとキムは更に大きい。この三人に比べるとラテン系の加藤は少し小柄だ。
三人とも私や加藤と同じく二一世紀の日本の住人だ。オンラインゲームの中でパーティーを組み週末のひと時を過ごすはずが、もう五年の付き合いになった。
この世界はそのゲームに似ている。魔法は弱体化されており、戦士系が主流なのだ。実際、よほど高レベルでないと実戦で使い物にならないし、詠唱時間も長い。そのため人間より魔力が強いエルフは絶滅危惧種だ。これまで出会ったエルフ系住人はハーフエルフばかりだったし、それも特殊な職業、役者や踊り子に限られていた。
「何か方針に変更でもあるの?」とトキ。
彼女は4人の中で一番実務能力があり、基本的な魔法も心得ていた。加藤はトキがリアル男だと推測している。私と違いオンラインゲームに慣れているので戦い方でわかるらしい。
「変更ってわけじゃないけれど、行き先を決めた」
「その前に言っておきたいことがあるわ」
ふさふさした金色の尾を振りながらキムが口を挟む。加藤の推測ではカイとキムはリア友で恋人同士ということだ。私にはわからない。だがこの世界で仲が良いのは間違いない。私は先を促した。
「なにかな?」
「猫ちゃんたちはどうするか知らないけれど、私に従う狼人は」
「えへん!」
咳払いはカイ。
「私とカイに従う狼人のほとんどはあなたと共に行くわ」
キムたち狼人はピピ達を猫と呼び自分たちは狼と称しており、ピピたちは逆に犬、山猫という言葉を使っていた。いや、これはこの際どうでも良い。戦い好きの狼人のほとんどはヒスパニアに向かうと私は予想していたのだ。
「そう……それで加藤?」
「人間族も3分の1は残るな」
「うーん」
これは私の予定の5倍近い人数でしかも戦闘員が多い。私は支配者である僭主にコネがあるので、シラクサ(シシリー島の都市、この時点では独立国家)を本拠にし貿易商としての地位をかためてから少人数でこの世界の探索を続けるつもりでいた。しかし戦闘集団では、保護者であるローマはさすがに受け入れないだろう。
「で、どうするんだ?」
この加藤の問いで聡明なトキは現状が私の予想外の展開であることに気付いた。
「山猫以外はヒスパニア行きが妥当なのかしら?」
「キヨ抜きでは納得しないね」とカイ。
「言っておくが、辞めていく者も退職金だけが目的じゃないぞ。我々が受けたバルカ家の恩に報いるためということも含めてだ」
加藤の指摘には一理あるものの結局は私の甘さが原因なのは間違いない。支払いが気前よすぎたのだ。まあ今さら言っても後の祭りである。
私は心の中で残る兵力を数え直してみた。ローマに受け入れらない人数……しかしローマのためになればどうだ。
「行き先は決まっている。トシアキは私の親書を持ってローマに行ってもらう」
「おいおい、俺には外交は無理だって。トキじゃだめなのか?」
「だめじゃないけど、後が面倒だよ。トキは女性だからね」
「しかし」
「あら。女の子にさせる仕事じゃないってキヨは言ってるのよん」
「わかったよ。引継ぎは大丈夫なのか?」
人間の部隊はこれまで加藤が率いてきた。
「私たちの集団では女性が上にくるのは不自然じゃないわよ」
「そりゃそうだけど」
「じゃあ、文句言わないこと。それで私たちはどこへ?」
四人の目が私に向けられた。
「イリリアを討つ」
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