北の海の宝石島からきたブルグンダ族の族長の娘アスラウグは、アウレリアに案内されて、アポロニア王宮の謁見の間に入った。
待っていたのは女王キヨを含め十人ほどの女性である。
アスラウグの中には彼女の巫女としての不思議な力でハンニバルの精神が入っていた。
(注) 宝石島はボーンホルム島。ボーンホルム、Bornholmは、ブルグントの小島(holm)の意味。
(11)の途中
アスラウグは見事なギリシャ語で挨拶をした。身分のある階級だったにしても、はるか北方バルト海の島育ちとは思えない。
未だにいい加減なギリシャ語の私は少し引け目を感じながら返答した。
「遠路ご苦労でした。ここにいる限り賓客としておもてなしいたしましょう」
「ありがたき幸せ」
「ところでハンニバル、ハンニバル将軍からなにか言伝はありませんでしたか?」
「特に何も」
アスラウグは面をあげ、賢そうな瞳で私を見つめた。
「あなたはどう思うのです。将軍がミトリダテス王に加勢した目的を」
「知るかぎりでは資金獲得のためかと」
なるほど私がハンニバルの渡海を見破るのは当然というわけか。いくら彼が育てた軍の精鋭でも秘密裏に運べる人数でこれほどの戦果をあげるには優れた指揮官が必要なのは明らかである。
「資金?」
「ヒスパニアを出るさい持参できた資金には限りがあると聞き及びます」
「なるほど」
おまけに北方では貨幣経済はまだ未発達だ。ケトを当てにしたかどうかはともかく、黒海沿岸で商人から物資を買おうとしたのは確かだろう。
「私からもお聞きしてよろしいですか?」
私が考え込んでいるとアスラウグが口を開いた。
「分かることなら答えよう」
「将軍様が直接赴かれたのはなぜでございましょう。もちろん直接指揮を取られたほうが成果が多いのはわかりますが」
「共に旅したそなたに分からぬのか。側にいたのだろう?」
「陛下のほうがお親しいのでは」
「子供時代を知っているだけだ」
「将軍様はお慕いしていると」
「なんだって?」
「イゼベル様が」
イゼベルはハンニバルの姪で確か四つほど年下のはずだ。お転婆だが、まさか一緒にヒスパニアを出たとは知らなかった。アスラウグはイゼベルの様子を生き生きと語った。
「ところででアジアに渡った兵数はいかほどなのだ」
「3000騎ほどかと」
なんとなくハンニバルの狙いが分かった気がする。
「街歩きで埃を浴びたであろう。誰か浴場へ案内してやれ」
「いえ別に」
「遠慮するな。話の続きは晩餐で聞くとする」
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