2012/06/30

エルフ戦記 Ⅲ (1)

(1)

 ハンニバルとガリアの脅威は過ぎ去り、ローマ世界に平和がおとずれた。
 地中海沿岸でローマ・アポロニア連合に逆らう勢力はない。しかし平穏を望んでいたはずの私は退屈していた。別に暇なわけではない。事実上のトップとして政治を行なっているトキ・ゲンドゥルは私にアポロニア女王として、時に女神として振舞うように求めている。 トキの苦労は理解しているのでなるべく協力しようとは思っているのだが、どうも威張ってふんぞり返っているのは性分に合わなかった。

 海が好きな私の頭に最初に浮かんだのは東方への航海だ。西方アマン(アメリカ大陸)への航海は、ある理由から必要なものだったとは言え、そして危険に満ちたものだったとは言え、今となればとても楽しい思いでである。そしてプトレマイオス朝と親しい我が国は紅海を通じインドと交易をしていた。インドだけでなくアクスム王国(エチオピア)にも商館がある。
 しかしインドから東の情報は固く閉ざされていた。マレー半島やチン(秦)の特産と称した品が交易されているのにかかわらずだ。まあ気持ちはわからなくはない。インドの商人は中継ぎで莫大な利益を挙げているのだから。ただトキの歴史の知識では、インドのマウリア朝は10年ほど前にアショーカ王が没してから混乱状態にあるはずだ。これならさらに東へ進む航海を妨げる余裕はないに違いない。
 もちろんヴァスコ・ダ・ガマのひそみに倣(なら)ってアフリカをまわってもいいのだが、オスマン・トルコの存在しない世界でわざわざ遠回りをすることもないだろう。


 それに東に向かうというのは単なる暇つぶしと逃避だけが目的ではない。歴史に干渉していくなら、しかも大きな影響を与えたいなら東アジアや南アジアを無視するのはまずいやり方であろう。それにはまず、現在の状況を詳しく知る必要があった。

エルフ戦記 Ⅲ


壱



 大秦国は大月氏西方の大国なり。太陽神の妹と称す寄与を女王となし、都羅馬の貴人が合議で政(まつりごと)をしている。

 不老と言われる寄与は建国以来常勝であり、周辺の夷狄から神と尊ばれていた。申馬台、数奇台、丁零などはその類(たぐい)である。精強を誇る匈奴さえ隔年で遣いを送るのは広く知られているとおりだ。

 武帝の治世の三年目建元二年に張騫が西域に派遣されたのは大月氏との同盟だけでなく、大秦国の情勢を探るのが目的だったと言われている。


 一説に言う。南蛮夷の崇拝する夏罹摩亭観音も女王寄与を示すと。しかしながら、これは誤りであろう。もしそうなら漢は既に包囲されているに等しいことになる。

曹大家著『西域志』

2011/10/07

エルフ戦記 Ⅰ

「大して力はありませぬが、海上交易をするうちに身につけました。風は裏切りません」
「では海上はお任せすることにしよう」
「はい」

 ローマの巫女はウェスタの処女と呼ばれ、かまどの女神ウェスタに仕え火と土を操るのに長けている。海戦になれぬ者の火魔法は味方を焼くかもしれないので私としてもありがたい。

 最後にイリリア王国の仕置について説明を受け別れた。
 イリリア王国はイリリア南部(アルバニア)の強国で、前王アグロンが病に伏してからは幼い息子ピネスを王にたて妃テウタが摂政となり実験を握っていた。厄介なのはテウタが海賊行為を影で操っている形跡がある点だ。ローマの敵ではないもののイリリア王国と本格的にことを構えれば、二三年はかかってしまう。レントゥルスとしては避けたいところだ。
(ローマの男の夢は執政官となり輝かしい戦勝をあげ凱旋式をとり行うことである。そのために任期内に成果をあげる必要があった)
 賢いレントゥルスは、海賊行為に批判的なイリリア王国の将軍デミトリウスと密かに手を握っていた。

2011/10/06

エルフ戦記 Ⅰ (4)

(4)

 シラクサを出港した私たちはその日のうちに軍港ブリンディジ(イタリア半島、長靴の踵辺り)に碇を下ろした。非戦闘員をおろしている間にローマ軍を率いてきた執政官プブリウス・コルネリウス・レントゥルスと面談する。
 なかなか感じのいい男で女の私を見くびる気配もない。カルタゴで貴族扱いされたことが意外な所で役に立っているのかもしれない。
 中肉中背、ローマ人としては長身で私より一五センチほと高い。
「ではアポロニア攻略中は海上封鎖をお手伝いするだけでよろしいのですね」
「はい。海賊退治の、そして将来は貿易の本拠地として使いたいというのは、わがままですから自ら決着をつけたいと思います」
「了解した」
「そのあと主力は作戦通り陸上を海岸づたいに攻め上がるのが最上かと」
 宿敵カルタゴを海戦で破ったとはいえ、ローマ人が海を恐れなくなったわけではない。
「ヴァルス殿はいつでも動けます」
「心得ております」
 ガイウス・ルキニウス・ヴァルスはもう一人の執政官で軍の半数二個軍団一万を率いて既にポー川の北にいる。幸いこの年、北伊のガリア人は大人しかった。

 ぶっちゃけて言うとローマ正規軍四万単独でも海賊に勝つのはそう難しくない。歴史が証明するように、いかに腕自慢の犯罪者集団でも戦争となれば統制のとれた軍隊の前には張子の虎である。ただ敵が海上に逃げたら……大損害を与えるにはポエニ戦争なみの海上兵力が必要だろう。ローマ市民が直接脅威を感じていない海賊にそれほどの軍費をかけるのは、たとえ元老院の意見が一致していても難しい。ローマでは民意が大きくものを言う。たとえそれが誤っていても。
 もちろん海賊相手に慣れた私が参加すれば足止めして大打撃を与えることが可能だ。不安なのはこれほどの戦力を指揮するのは始めての経験である点だ。
「どうされました? 風向きに不安でも?」
 彼は逆風にたなびく旗を指さす。
「いえ私はもともと戦人(いくさびと)ではなく商人ですから、臆病風なのですよ」
「カルタゴでの御活躍はローマでも有名ですよ」
「まさか」
「エルフのアマゾネスという詩曲はローマで一番人気です」
 褒め殺しなのだろうか。
「ともあれ出港時には風向きは順風になりますし、作戦通りに進むなら風は我々の味方です」
「それは魔法で?」

2011/10/05

エルフ戦記 Ⅰ (3)の続き

軍船の修理が終わり部下たちの訓練で忙しかった私がシラクサの知人を訪ねたのは出陣2日前のことだった。
シラクサの僭主ヒエロンの縁者でありながら彼は静寂を求め町外れの城壁の近くに住居を構えていた。
勝手知ったる他人の家とばかり、中に入ると彼は製図机の上にひろげた図面を見て考え込んでいた。ついてきたピピに小遣いを与え外に出し、邪魔をせぬようそのまま待つことにする。
彼はギリシャ人で今年で確か50才になる。白髪は混じっているものの日に焼けた肌やその下の筋肉はまだまだ若々しい。

彼が図面から視線を外したのは遊びあきたピピが帰ってくるのと同時だった。
「先生」
「来ておったのか!」
「忙しくてなかなかお訪ねできなくて申し訳ありません」
「なに、キヨなら手紙だけでも十分さ。もちろん美しい姿を見たくないとは言わないが」
ピピが懸命に咳払いをしている。
「この子はピピ。私の身の回りの世話をしてくれます」
「可愛い山猫さんだ」
ピピのノドがゴロゴロなる。どうやら互いに気に入ってくれたようだ。
挨拶が終わった所で土産を差し出す。
「お好きなエジプトワインです」
「すまぬな。エジプトワインは世間では極上とは言われておらぬが、ムセイオン(エジプトのアレキサンドリア図書館付属の研究施設)で研究した頃を思い出すのでな」
「よく存じております」
机の上の図面は気になるが、ヒエロンの極秘の依頼をこなす場合もあるので言い出すのを控えていた。
「この図面はキヨのためのものだぞ」
視線で気づいたようだ。
「私の?」
「いつか言っておった三本マストじゃよ」
「まあ!」
急いで側に行く。高いのでピピは背伸びしてのぞきこんだ。
外見は私のイメージ通りだ。
「強度はレバノン杉さえ確保できれば充分だろう。もちろんミニチュアで試す必要はある」
「これは?」
私は横に丸めてある図面を手にした。
「簡易版だな。地中海ならこれで十分なはずだ」
許可を得て広げてみると大きさはさして変わらぬが竜骨などは細身で積載量が増えている。
「お分かりでしたか」
「ヘラクレスの柱を越えるときは声をかけてもらいたいものだな」
「まだまだ先のことですが」
「わかっているさ。そう簡単に老いぼれるつもりはないよ」
「お礼は?」
「必要ない。季節の折々の挨拶だけで充分だよ」
「しかし」
「ヒエロンの顔も立ててやらんとな」
なるほど過度の私からの礼金はパトロンを自ら任じている僭主の気分を害するかもしれない。
「ではまた珍しい食べ物でも」
「それは楽しみだな」
話しているうちに奴隷たちが隣の部屋のテーブルにパンやチーズ、それに干し肉などを並べ始めた。ピピの好きなまぐろのステーキもある。
食べながらムセイオン時代のことをたずねる。
アレキサンドリア図書館は当代一の資料が揃っており、この世界の謎を知りたいなら一度は訪ねる必要がある。
「ではエラトステネス様をご存知ですか?」
「よく知っているとも。同年輩だが天文学では奴に一日の長があるな」

食後にエラトステネスへの紹介状を書いてもらい。名残惜しいがアルキメデスの家を後にする。出陣を控え私は港にいる必要があった。

エルフ戦記 Ⅰ (3)

(3)

 バルカ家の出発を見送った後、私たちはシラクサ(シシリー島)に移動した。庇護者であるハミルカルのいない今、カルタゴに長居は無用だ。最高権力者ハンノ・ボミルカルは邪魔な私達を起訴しかねなかった。
 
 幸いシラクサの有力者である知人の推薦もあり私の海賊退治作戦はローマの許可を得ることに成功した。おまけに最終的な掃討戦にはローマ軍まで参加してくれるという。
 もちろん無料ではない。購入するよう求められたローマで不要になった軍船は修理費まで合わせれば莫大な金額になる。また海賊を取り締まると言う理由で領有を望んだアポロニアについては認められたが、それより北(イリリア)の権利は全てローマのものである。
 それでも私には十分だった。

 軍船の修理が終わり部下たちの訓練で忙しかった私がシラクサの知人を訪ねたのは出陣2日前のことだった。
 シラクサの僭主ヒエロンの縁者でありながら彼は静寂を求め町外れの城壁の近くに住居を構えていた。
 勝手知ったる他人の家とばかり、中に入ると彼は机の上にひろげた図面を見て考え込んでいた。邪魔をせぬようついてきたピピに小遣いを与え外に出しそのまま待つことにする。

2011/10/04

エルフ戦記 Ⅱ ⅱ (11)の途中

 北の海の宝石島からきたブルグンダ族の族長の娘アスラウグは、アウレリアに案内されて、アポロニア王宮の謁見の間に入った。
 待っていたのは女王キヨを含め十人ほどの女性である。
 アスラウグの中には彼女の巫女としての不思議な力でハンニバルの精神が入っていた。


(注) 宝石島はボーンホルム島。ボーンホルム、Bornholmは、ブルグントの小島(holm)の意味。 

 (11)の途中

 アスラウグは見事なギリシャ語で挨拶をした。身分のある階級だったにしても、はるか北方バルト海の島育ちとは思えない。
 未だにいい加減なギリシャ語の私は少し引け目を感じながら返答した。
「遠路ご苦労でした。ここにいる限り賓客としておもてなしいたしましょう」
「ありがたき幸せ」
「ところでハンニバル、ハンニバル将軍からなにか言伝はありませんでしたか?」
「特に何も」
 アスラウグは面をあげ、賢そうな瞳で私を見つめた。
「あなたはどう思うのです。将軍がミトリダテス王に加勢した目的を」
「知るかぎりでは資金獲得のためかと」
 なるほど私がハンニバルの渡海を見破るのは当然というわけか。いくら彼が育てた軍の精鋭でも秘密裏に運べる人数でこれほどの戦果をあげるには優れた指揮官が必要なのは明らかである。
「資金?」
「ヒスパニアを出るさい持参できた資金には限りがあると聞き及びます」
「なるほど」
 おまけに北方では貨幣経済はまだ未発達だ。ケトを当てにしたかどうかはともかく、黒海沿岸で商人から物資を買おうとしたのは確かだろう。
「私からもお聞きしてよろしいですか?」
 私が考え込んでいるとアスラウグが口を開いた。
「分かることなら答えよう」
「将軍様が直接赴かれたのはなぜでございましょう。もちろん直接指揮を取られたほうが成果が多いのはわかりますが」
「共に旅したそなたに分からぬのか。側にいたのだろう?」
「陛下のほうがお親しいのでは」
「子供時代を知っているだけだ」
「将軍様はお慕いしていると」
「なんだって?」
「イゼベル様が」
 イゼベルはハンニバルの姪で確か四つほど年下のはずだ。お転婆だが、まさか一緒にヒスパニアを出たとは知らなかった。アスラウグはイゼベルの様子を生き生きと語った。
 
「ところででアジアに渡った兵数はいかほどなのだ」
「3000騎ほどかと」
 なんとなくハンニバルの狙いが分かった気がする。
「街歩きで埃を浴びたであろう。誰か浴場へ案内してやれ」
「いえ別に」
「遠慮するな。話の続きは晩餐で聞くとする」