2011/09/30

 馬車のドアが開くと加藤が深々と頭を下げている。
「キヨ様、お手を」
 二三発蹴飛ばしてやりたいが、衆目のなかだ。それにハミルカルの尽力で最下級とはいえ貴族の扱いを受けるように成っていたので軽はずみな行動は慎まざるをえない。
「ありがとう」
と、やむを得ず礼を述べ下車する。
 
 議事堂に隣接したセレモニーホールは巨大な建物だ。それはカルタゴの富の象徴でもある。私のような部外者が招待されたのは傭兵の反乱による内戦でハミルカルの下で大きな戦功をあげ、彼に推薦されたためである。
 簡単に実現したのは、叙勲や名誉を与えるのなら金はかからないからだと思う。

 護衛は入れないので私はピピと2人で受付の前に立った。
「ようこそおいでなさいました」
 この世界での名前を告げる。
「キヨ=サイト=カリステー」
「伺っております」
 今のカルタゴで私の名は、自分で言うのは恥ずかしいが、それなりに有名である。
「では」
と入ろうとすると止められた。
「体を検めさせていただきます」
 気色ばむピピを止める。これはハミルカルと敵対する現サフェット(カルタゴの統治者)ハンノ・ボミルカル(大ハンノ)の差し金だろう。気が進まない私としては勿怪の幸いだ。
「来たことだけを伝えていただければ結構」
ときびすを返す。
 これには相手も驚いたようだ。ハンノの手の者だとしても、ハミルカルの名声と影響力を考えれば当然だ。
「お、お待ちください」
「別にかまわぬ。元々私はこういう場は好かん」
 その時、後ろからトシアキの咳払いが聞こえ、ピピが私にすがりついた。ピピはこのパーティーを楽しみにしているのだ。
「お待ちください。確認してまいります」
 受付の男は少しの間、幕の裏に消えてから戻ってきた。
「手違いでございました。お入りください」
 誰に聞きに行ったわけでもない。彼の気配はずっとそこにあった。彼はハンノから金を受け取り、合法的に私の体を検めるチャンスに飛びついたのだろう。ハンノの単なる嫌がらせだ。
 欺瞞は大嫌いだけれど嬉しそうに耳を立てたピピの顔を見るとなんともいえない。
「了解した」

2011/09/29

(2)

会場へは馬車で向かう。ドレスは窮屈だが、嬉しそうに褒めてくれるピピに不満な顔は出来なかった。
「とても良くお似合いですよ、キヨ様」
「ありがとう」
キヨ・サイト、これがこの世界での私の名である。5年経ったいま斎藤清と呼ばれてもすぐに返事できるかどうか少し怪しい。もう元の世界に戻ることはできないのだろうか。
いや、まだ諦めるのは早い。富を蓄えたのは別に贅沢したいためではない――まあ少しはしたいけど。私達をこの世界に送り込んだ方法を探るためなのだ。

考え事をしていた私の顔をピピが覗き込んできた。猫娘のピピにはどうもきつく当たれない。
この世界の獣人で直接見たのは3種族だ。ケルト(ローマ人の言うガリア人)と混住する山猫族、ゲルマン人と混住する狼(犬)人間、そしてギリシャのセントール(ケンタウロス)である。私の配下には人間より前2者が多かった。
「ちょっと考え事をね」
「心配しなくても、みんなキヨ様についてきますよ」
「え?」
どうやら私の悩みを勘違いしたらしい。
「お金に目がくらんでヒスパニアに行く者などいません!」
「それはどうかなあ。それに行く人たちを悪く言っちゃだめだよ」
「なぜですかぁ?」
耳をねかせ尾をくねらせるピピは可愛すぎる。思わず撫でるとピピが身をよじらせた。頬ずりしようとするとピピは身をはなす。
「今はだめですよ、キヨ様。お化粧が崩れます」
「う、うん」
ピピの真剣な顔に笑い出しそうになったが、我慢する。彼女は彼女なりに私のことを心配してくれているのだ。
「ちょっとリボンを直しますから頭を下げてください」
「あ、ああ」

私の悩みは部下として抱え込んでしまったこの世界の住人たちの身の振り方であった。これまで集めた情報を元にさらなる探索の旅に出たい私にとって付き従う多くの部下たちは重荷である。可能なら元の5人のメンバー以外はバルカ家とヒスパニアに行きカルト・ハダシュト(現カルタヘナ)の建設に携わってもらいたかった。
しかし情報に通じたピピがああ言う以上……

「はい、これで大丈夫。もう着いたようですよ」
「うん」
ここで書き直しているのはエルフ戦記Ⅰの部分です。Ⅱの連載は中断しています。あまりにも中途半端な所で終わっているので、少し書き足す予定です。

エルフ戦記Ⅱ
https://docs.google.com/document/d/1IsXxwyFsvvlYPww_BvA7aOVznNrVzIiXcHtRBwSRCZs/edit?hl=ja https://docs.google.com/document/d/12D-UpnxeFxlxHA00o2zHbizILlUbf3alvoXmz40bOx8/edit?hl=ja

なお旧作品のエルフ戦記Ⅰは、以下に。ある程度ここを書き進めたら削除します。
エルフ戦記Ⅰの1

Ⅰの2
https://docs.google.com/document/d/1ybkgjrH81bINueL4r_rjQMrujFAS_-JY7nfoXYMPeAQ/edit?hl=ja
Ⅰの3
 https://docs.google.com/document/d/1w4ZDgQlIrsfu8Iia1e9Gi0WAt6TELW_WED_gjmdEIVQ/edit?hl=ja
Ⅰの4
 https://docs.google.com/document/d/1LG5P83X5NzEjvHByjjjJxpttug5kJn6l3hnqKSvnC_k/edit?hl=ja