2011/10/07

エルフ戦記 Ⅰ

「大して力はありませぬが、海上交易をするうちに身につけました。風は裏切りません」
「では海上はお任せすることにしよう」
「はい」

 ローマの巫女はウェスタの処女と呼ばれ、かまどの女神ウェスタに仕え火と土を操るのに長けている。海戦になれぬ者の火魔法は味方を焼くかもしれないので私としてもありがたい。

 最後にイリリア王国の仕置について説明を受け別れた。
 イリリア王国はイリリア南部(アルバニア)の強国で、前王アグロンが病に伏してからは幼い息子ピネスを王にたて妃テウタが摂政となり実験を握っていた。厄介なのはテウタが海賊行為を影で操っている形跡がある点だ。ローマの敵ではないもののイリリア王国と本格的にことを構えれば、二三年はかかってしまう。レントゥルスとしては避けたいところだ。
(ローマの男の夢は執政官となり輝かしい戦勝をあげ凱旋式をとり行うことである。そのために任期内に成果をあげる必要があった)
 賢いレントゥルスは、海賊行為に批判的なイリリア王国の将軍デミトリウスと密かに手を握っていた。

2011/10/06

エルフ戦記 Ⅰ (4)

(4)

 シラクサを出港した私たちはその日のうちに軍港ブリンディジ(イタリア半島、長靴の踵辺り)に碇を下ろした。非戦闘員をおろしている間にローマ軍を率いてきた執政官プブリウス・コルネリウス・レントゥルスと面談する。
 なかなか感じのいい男で女の私を見くびる気配もない。カルタゴで貴族扱いされたことが意外な所で役に立っているのかもしれない。
 中肉中背、ローマ人としては長身で私より一五センチほと高い。
「ではアポロニア攻略中は海上封鎖をお手伝いするだけでよろしいのですね」
「はい。海賊退治の、そして将来は貿易の本拠地として使いたいというのは、わがままですから自ら決着をつけたいと思います」
「了解した」
「そのあと主力は作戦通り陸上を海岸づたいに攻め上がるのが最上かと」
 宿敵カルタゴを海戦で破ったとはいえ、ローマ人が海を恐れなくなったわけではない。
「ヴァルス殿はいつでも動けます」
「心得ております」
 ガイウス・ルキニウス・ヴァルスはもう一人の執政官で軍の半数二個軍団一万を率いて既にポー川の北にいる。幸いこの年、北伊のガリア人は大人しかった。

 ぶっちゃけて言うとローマ正規軍四万単独でも海賊に勝つのはそう難しくない。歴史が証明するように、いかに腕自慢の犯罪者集団でも戦争となれば統制のとれた軍隊の前には張子の虎である。ただ敵が海上に逃げたら……大損害を与えるにはポエニ戦争なみの海上兵力が必要だろう。ローマ市民が直接脅威を感じていない海賊にそれほどの軍費をかけるのは、たとえ元老院の意見が一致していても難しい。ローマでは民意が大きくものを言う。たとえそれが誤っていても。
 もちろん海賊相手に慣れた私が参加すれば足止めして大打撃を与えることが可能だ。不安なのはこれほどの戦力を指揮するのは始めての経験である点だ。
「どうされました? 風向きに不安でも?」
 彼は逆風にたなびく旗を指さす。
「いえ私はもともと戦人(いくさびと)ではなく商人ですから、臆病風なのですよ」
「カルタゴでの御活躍はローマでも有名ですよ」
「まさか」
「エルフのアマゾネスという詩曲はローマで一番人気です」
 褒め殺しなのだろうか。
「ともあれ出港時には風向きは順風になりますし、作戦通りに進むなら風は我々の味方です」
「それは魔法で?」

2011/10/05

エルフ戦記 Ⅰ (3)の続き

軍船の修理が終わり部下たちの訓練で忙しかった私がシラクサの知人を訪ねたのは出陣2日前のことだった。
シラクサの僭主ヒエロンの縁者でありながら彼は静寂を求め町外れの城壁の近くに住居を構えていた。
勝手知ったる他人の家とばかり、中に入ると彼は製図机の上にひろげた図面を見て考え込んでいた。ついてきたピピに小遣いを与え外に出し、邪魔をせぬようそのまま待つことにする。
彼はギリシャ人で今年で確か50才になる。白髪は混じっているものの日に焼けた肌やその下の筋肉はまだまだ若々しい。

彼が図面から視線を外したのは遊びあきたピピが帰ってくるのと同時だった。
「先生」
「来ておったのか!」
「忙しくてなかなかお訪ねできなくて申し訳ありません」
「なに、キヨなら手紙だけでも十分さ。もちろん美しい姿を見たくないとは言わないが」
ピピが懸命に咳払いをしている。
「この子はピピ。私の身の回りの世話をしてくれます」
「可愛い山猫さんだ」
ピピのノドがゴロゴロなる。どうやら互いに気に入ってくれたようだ。
挨拶が終わった所で土産を差し出す。
「お好きなエジプトワインです」
「すまぬな。エジプトワインは世間では極上とは言われておらぬが、ムセイオン(エジプトのアレキサンドリア図書館付属の研究施設)で研究した頃を思い出すのでな」
「よく存じております」
机の上の図面は気になるが、ヒエロンの極秘の依頼をこなす場合もあるので言い出すのを控えていた。
「この図面はキヨのためのものだぞ」
視線で気づいたようだ。
「私の?」
「いつか言っておった三本マストじゃよ」
「まあ!」
急いで側に行く。高いのでピピは背伸びしてのぞきこんだ。
外見は私のイメージ通りだ。
「強度はレバノン杉さえ確保できれば充分だろう。もちろんミニチュアで試す必要はある」
「これは?」
私は横に丸めてある図面を手にした。
「簡易版だな。地中海ならこれで十分なはずだ」
許可を得て広げてみると大きさはさして変わらぬが竜骨などは細身で積載量が増えている。
「お分かりでしたか」
「ヘラクレスの柱を越えるときは声をかけてもらいたいものだな」
「まだまだ先のことですが」
「わかっているさ。そう簡単に老いぼれるつもりはないよ」
「お礼は?」
「必要ない。季節の折々の挨拶だけで充分だよ」
「しかし」
「ヒエロンの顔も立ててやらんとな」
なるほど過度の私からの礼金はパトロンを自ら任じている僭主の気分を害するかもしれない。
「ではまた珍しい食べ物でも」
「それは楽しみだな」
話しているうちに奴隷たちが隣の部屋のテーブルにパンやチーズ、それに干し肉などを並べ始めた。ピピの好きなまぐろのステーキもある。
食べながらムセイオン時代のことをたずねる。
アレキサンドリア図書館は当代一の資料が揃っており、この世界の謎を知りたいなら一度は訪ねる必要がある。
「ではエラトステネス様をご存知ですか?」
「よく知っているとも。同年輩だが天文学では奴に一日の長があるな」

食後にエラトステネスへの紹介状を書いてもらい。名残惜しいがアルキメデスの家を後にする。出陣を控え私は港にいる必要があった。

エルフ戦記 Ⅰ (3)

(3)

 バルカ家の出発を見送った後、私たちはシラクサ(シシリー島)に移動した。庇護者であるハミルカルのいない今、カルタゴに長居は無用だ。最高権力者ハンノ・ボミルカルは邪魔な私達を起訴しかねなかった。
 
 幸いシラクサの有力者である知人の推薦もあり私の海賊退治作戦はローマの許可を得ることに成功した。おまけに最終的な掃討戦にはローマ軍まで参加してくれるという。
 もちろん無料ではない。購入するよう求められたローマで不要になった軍船は修理費まで合わせれば莫大な金額になる。また海賊を取り締まると言う理由で領有を望んだアポロニアについては認められたが、それより北(イリリア)の権利は全てローマのものである。
 それでも私には十分だった。

 軍船の修理が終わり部下たちの訓練で忙しかった私がシラクサの知人を訪ねたのは出陣2日前のことだった。
 シラクサの僭主ヒエロンの縁者でありながら彼は静寂を求め町外れの城壁の近くに住居を構えていた。
 勝手知ったる他人の家とばかり、中に入ると彼は机の上にひろげた図面を見て考え込んでいた。邪魔をせぬようついてきたピピに小遣いを与え外に出しそのまま待つことにする。

2011/10/04

エルフ戦記 Ⅱ ⅱ (11)の途中

 北の海の宝石島からきたブルグンダ族の族長の娘アスラウグは、アウレリアに案内されて、アポロニア王宮の謁見の間に入った。
 待っていたのは女王キヨを含め十人ほどの女性である。
 アスラウグの中には彼女の巫女としての不思議な力でハンニバルの精神が入っていた。


(注) 宝石島はボーンホルム島。ボーンホルム、Bornholmは、ブルグントの小島(holm)の意味。 

 (11)の途中

 アスラウグは見事なギリシャ語で挨拶をした。身分のある階級だったにしても、はるか北方バルト海の島育ちとは思えない。
 未だにいい加減なギリシャ語の私は少し引け目を感じながら返答した。
「遠路ご苦労でした。ここにいる限り賓客としておもてなしいたしましょう」
「ありがたき幸せ」
「ところでハンニバル、ハンニバル将軍からなにか言伝はありませんでしたか?」
「特に何も」
 アスラウグは面をあげ、賢そうな瞳で私を見つめた。
「あなたはどう思うのです。将軍がミトリダテス王に加勢した目的を」
「知るかぎりでは資金獲得のためかと」
 なるほど私がハンニバルの渡海を見破るのは当然というわけか。いくら彼が育てた軍の精鋭でも秘密裏に運べる人数でこれほどの戦果をあげるには優れた指揮官が必要なのは明らかである。
「資金?」
「ヒスパニアを出るさい持参できた資金には限りがあると聞き及びます」
「なるほど」
 おまけに北方では貨幣経済はまだ未発達だ。ケトを当てにしたかどうかはともかく、黒海沿岸で商人から物資を買おうとしたのは確かだろう。
「私からもお聞きしてよろしいですか?」
 私が考え込んでいるとアスラウグが口を開いた。
「分かることなら答えよう」
「将軍様が直接赴かれたのはなぜでございましょう。もちろん直接指揮を取られたほうが成果が多いのはわかりますが」
「共に旅したそなたに分からぬのか。側にいたのだろう?」
「陛下のほうがお親しいのでは」
「子供時代を知っているだけだ」
「将軍様はお慕いしていると」
「なんだって?」
「イゼベル様が」
 イゼベルはハンニバルの姪で確か四つほど年下のはずだ。お転婆だが、まさか一緒にヒスパニアを出たとは知らなかった。アスラウグはイゼベルの様子を生き生きと語った。
 
「ところででアジアに渡った兵数はいかほどなのだ」
「3000騎ほどかと」
 なんとなくハンニバルの狙いが分かった気がする。
「街歩きで埃を浴びたであろう。誰か浴場へ案内してやれ」
「いえ別に」
「遠慮するな。話の続きは晩餐で聞くとする」

2011/10/02

エルフ戦記の世界略図




表記は適当なのでご注意ください。
ペルガモン王国(アッタロス朝)を追加。アナトリア半島(小アジア西)
 エルフ戦記Ⅱのあらすじ
ⅰ  スパルタとの戦い
 歴史への干渉を望むようになったキヨはローマ軍と共にペロポネソス半島に進軍し、スパルタを撃破した。
ⅱ ハンニバルライジング
 ハミルカル亡き後、ハンニバルは跡を継いだ義兄ハスドルバルとたもとを分かち、ガリア、そしてゲルマニア深く進行し妥当ローマを目指す。キヨのアポロニアとの決戦は避けられないのか?
 そんな混乱の中ハンニバル陣営から一人の女性アスラウグがアポロニアを訪れた。




イリリアはアドリア海を挟んでイタリア半島の東にある地域で海賊の巣窟になっている。これほどの人数になった私たちにはハミルカル同様本拠地が必要であった。ローマの許可を得て(海賊退治なら同意してもらえる可能性は大きい)イリリアを討伐した後、根拠地を獲得すれば同盟国と認められる可能性もある。

私の説明に加藤はこう言った。
「それなら全員連れて行けるんじゃないか?」
「それは2つの点で難しい。ハミルカルには兵力が必要だし、私たちの兵力が多すぎければ、ローマや隣国となるマケドニアに不安を与える」
しばらく説明すると全員が納得してくれた。

その後トキにだけ残ってもらい詳細を話した。
トキがいなければこの世界で私は何もできずに終ったかもしれない。それほどトキの能力は高い。とくに経理は神憑りであった。
「了解したわ。全部可能よ。ところで、キヨ……」
「なに?」
「あなた本来の歴史に干渉するのを嫌がっていたでしょう。これは?」
「本来なら、たしかローマが動くはず」
「なるほど――。でも、それでいいの?」
「どういう意味ですか?」
「あの子のことよ」
「ハンニバル?」
「ええ」
「20年後ですよ」
第二次ポエニ戦争のことだ。
「この世界での私たちの老化については一度話したと思うけど」
「それは推論に過ぎません。それに私は元の世界に戻るつもりなんですけど」
「オーケイ、了解。それに関しては約束どおり協力を惜しまないわ」

少し説明がいるかもしれない。いまや私以外の四人に元の世界に戻るつもりがないことを。

トキが出て行った後の部屋に私は1人でいた。私の部屋で待っているはずのピピとその姉のライヤにはもう少し待ってもらおう。寝る前の大騒ぎが始まればゆっくり考える暇はなくなる。
イリリアの攻略方法を考えているとドアが小さくノックされた。ノックの位置は低い。その身長で私の親衛隊長をもって任じているライヤの警護網を通り抜けられるのは1人だけだ。
「どうぞ。御曹司」
入ってきたのは案の定ハンニバルだ。
「キヨ、邪魔したかな」
「いえ。就寝までには少し間があるので考え事をしていました」
彼の目はあやしくきらめいている。まさか9才で私に求愛する気なのだろうか。
「2人きりで会える機会はもうないと思う。キヨに聞いておきたいことがあるのだ」
「なんでしょう」
「父上は私にローマを生涯の敵にせよと仰せられた」
「平和が訪れたばかりだというのに」
「まあ聞いてくれ」
「ええ」
「私はまだ子供だけれどローマ軍がさほど強いとは思えない。父上もシシリーでは優勢だったし、大王の戦法に比べれば稚拙だと思う。私は勝てるだろうか?」
目の輝きはそのためだったのか。彼の言う大王はアレキサンドロス3世、この世界でも100年ほど前に全オリエントを征服していた。
「私などよりハミルカル殿に聞かれたほうが」
「キヨの戦い方は聞いた。大王の戦法を熟知していると私には思える」
えい、くそ! 父親から聞いた話だけで気付くとはこいつはやはり天才だ。おまけに、えもいわれぬ魅力がある。
「アレキサンドロスは天才でしょう。しかし敵のペルシャは」
「ペルシャは大国だぞ。人口も富もローマをはるかに超える」
「それは巨大な竜にも例えられるでしょう。しかしイッソスで牙を抜かれ、ガウガメラで頭脳を失い滅びました」
「ローマは?」
「ヒュドラですね」
9つの頭をもつ蛇である。
「ヘラクレス神話の?」
ヘラクレスの一二の功業の2番目にあたる。
「ええ」
「不死の頭はどれだ。元老院か?」
鋭すぎる。
「それに民会です。市民全員を殺すかとらえて奴隷にしない限り勝利になりません」
私は軍役につけるローマ市民の数が25万をこえること、防衛に当たっての市民兵の手ごわさを説明した。ローマの勝利は動かぬと知りながら。
私から情報を絞りつくすとハンニバルは思わず見入ってしまうような笑みを浮かべた。
「よくわかったよ、キヨ」
「お役に立てれば幸いです」
「キヨは天才だな」
「エルフの千里眼ですよ」
「嘘を申せ。10年したら迎えにいく」
「え?」
「さらばだ」

彼の去ったドアをしばらく見つめていた私はピピたちを待たせすぎたのに気付いた。慌てて寝室にしている部屋に行く。ドアを開けるとベッドの上に背を向けた2人が座っていた。待たせたことに対する怒りを示しているのだろうけどぴくぴく動く猫耳が期待を表している。こちらが下手に出るのが常套手段なんだけどちょっと悪戯心が出た。リボンをはずし服を脱いでシーツの中にもぐりこもうとした。裸の私に2人の尾が絡みつく。
「ちょっとそれ反則」
「反則は私たちと違います」
ライヤは少し意地悪な顔をしている。
「待たせすぎです、キヨ様」
「いろいろあったのさ」
どうせライヤは部下の報告を受けるだろうけど簡単に事情を説明した。
説明するうちに2人は私を挟み、尾のくすぐりは我慢できないまでになってきた。ライヤの柔らかい耳が脇腹をくすぐり、ピピが後ろから首をなめると力が抜けてしまう。
「ちょっと止めて」
「止めていいんですか?」
「今夜は意地悪ね、ライヤ」
「あら、どちらが」
「きゃ」
私はあわててネコじゃらしをまさぐった。
 一隻の商船でカルタゴに来てから、わずかの間に莫大な資産を手にいれたのはハミルカルのおかげである。私は心のそこからの感謝を込めて言った。
「閣下の栄光がますます盛んになりますように」
「キヨも来ればいいではないか」
 可愛らしい声に私は思わず微笑んでしまう。それはまだ若干9歳のハミルカルの息子ハンニバルである。本来ならこのようなパーティーに参加するには若すぎるが、彼もヒスパニアへ行くので少し早い社交界デビューになった。ギリシャ人家庭教師のシレヌスを伴っている。
「これは御曹司、ご機嫌麗しゅう」
「挨拶などどうでも良い。キヨも来ればいいではないか」
「これ無理を言う出ない」
「しかし父上」
「キヨは海の商人でございますれば、御厚情により得た資金を貿易にて運用したく存じます。なに、私どもの商品を買っていただきに参上しますから」
「きっとだぞ」
 この度のいざこざで西地中海はローマの支配下に入り『我ら(ローマ人)の海』となり、海賊を除けば航海は安全になった。貿易の増加は期待できる。
 会話を続けながらハンニバルの将来に思いをはせていた私は、これから進むべき道を思いついた。

 ピピのお腹が満足したころにはパーティーも終わりかけていたので、私は会場を後にした。
 予備の部屋に私と共にこの世界に飛ばされた5人全員が集まる。
 トキ・ゲンドゥルは金髪碧眼のゲルマン女性で大柄、狼人の男女カイとキムは更に大きい。この三人に比べるとラテン系の加藤は少し小柄だ。
 三人とも私や加藤と同じく二一世紀の日本の住人だ。オンラインゲームの中でパーティーを組み週末のひと時を過ごすはずが、もう五年の付き合いになった。
 この世界はそのゲームに似ている。魔法は弱体化されており、戦士系が主流なのだ。実際、よほど高レベルでないと実戦で使い物にならないし、詠唱時間も長い。そのため人間より魔力が強いエルフは絶滅危惧種だ。これまで出会ったエルフ系住人はハーフエルフばかりだったし、それも特殊な職業、役者や踊り子に限られていた。

「何か方針に変更でもあるの?」とトキ。
 彼女は4人の中で一番実務能力があり、基本的な魔法も心得ていた。加藤はトキがリアル男だと推測している。私と違いオンラインゲームに慣れているので戦い方でわかるらしい。
「変更ってわけじゃないけれど、行き先を決めた」
「その前に言っておきたいことがあるわ」
 ふさふさした金色の尾を振りながらキムが口を挟む。加藤の推測ではカイとキムはリア友で恋人同士ということだ。私にはわからない。だがこの世界で仲が良いのは間違いない。私は先を促した。
「なにかな?」
「猫ちゃんたちはどうするか知らないけれど、私に従う狼人は」
「えへん!」
 咳払いはカイ。
「私とカイに従う狼人のほとんどはあなたと共に行くわ」
 キムたち狼人はピピ達を猫と呼び自分たちは狼と称しており、ピピたちは逆に犬、山猫という言葉を使っていた。いや、これはこの際どうでも良い。戦い好きの狼人のほとんどはヒスパニアに向かうと私は予想していたのだ。
「そう……それで加藤?」
「人間族も3分の1は残るな」
「うーん」
 これは私の予定の5倍近い人数でしかも戦闘員が多い。私は支配者である僭主にコネがあるので、シラクサ(シシリー島の都市、この時点では独立国家)を本拠にし貿易商としての地位をかためてから少人数でこの世界の探索を続けるつもりでいた。しかし戦闘集団では、保護者であるローマはさすがに受け入れないだろう。
「で、どうするんだ?」
 この加藤の問いで聡明なトキは現状が私の予想外の展開であることに気付いた。
「山猫以外はヒスパニア行きが妥当なのかしら?」
「キヨ抜きでは納得しないね」とカイ。
「言っておくが、辞めていく者も退職金だけが目的じゃないぞ。我々が受けたバルカ家の恩に報いるためということも含めてだ」
 加藤の指摘には一理あるものの結局は私の甘さが原因なのは間違いない。支払いが気前よすぎたのだ。まあ今さら言っても後の祭りである。
 私は心の中で残る兵力を数え直してみた。ローマに受け入れらない人数……しかしローマのためになればどうだ。
「行き先は決まっている。トシアキは私の親書を持ってローマに行ってもらう」
「おいおい、俺には外交は無理だって。トキじゃだめなのか?」
「だめじゃないけど、後が面倒だよ。トキは女性だからね」
「しかし」
「あら。女の子にさせる仕事じゃないってキヨは言ってるのよん」
「わかったよ。引継ぎは大丈夫なのか?」
 人間の部隊はこれまで加藤が率いてきた。
「私たちの集団では女性が上にくるのは不自然じゃないわよ」
「そりゃそうだけど」
「じゃあ、文句言わないこと。それで私たちはどこへ?」
 四人の目が私に向けられた。
「イリリアを討つ」

2011/10/01

 会場は盛況である。先の大戦でローマに敗れたとはいえ、カルタゴ本国は無傷だった。
 もちろん敗戦の影響は大きい。シシリー島を失い3300タレントの賠償金を課せられたのだから。そして即刻支払う必要のある1000タレントをかき集めるため賃金の支払いを拒否したため傭兵たちの反乱がおこり、その混乱中にサルジニア島とコルシカ島まで失った。
(1タレントは6000ディナール、1ディナールは約1万円)
 しかしハンノを中心とする大地主たちの富にはさして影響はなかった。彼らにとって終戦はローマという巨大市場をあたえ、政敵であるバルカ家を遠ざける神風と言えなくもない。

 私はしかるべき人たちへの挨拶のみ終えると飲み物を受け取った。ピピは食べ物を探しに行った。招待客が多いので立食形式である。
「楽しんでもらってるかな?」
 声をかけて来たのはハミルカルその人である。雷神を思わせる異丈夫なのだが、人当たりはよく魅力的な人物だ。
「はい。閣下」彼が目で先を促すので私は続けた。「せっかくのお誘いですが、私は交易に戻ろうと思います」
「それは残念だな」
「もともと争い向きではありません」
 私は同行を望む部下たちの雇用を彼に依頼する。高額の退職金を用意したことを彼は喜んでくれた。
「どのくらいの人数になる」
「最近雇った傭兵はみな行くと思います。閣下を慕っていますから」
「キヨが望めば俺の元には来ないだろうさ」
 私はピピの言葉を思い出しながら続けた。
「山猫族はおそらく私と来ると思います」ピピの姉のライヤが彼らを率いていた。「あと水兵たちも」
「それはしかたないだろうな。もうカルタゴに海軍はない」
 ハミルカルは給仕を呼び杯を二つ取り一つを差し出した。それがローマから輸入されたぶどう酒なのはちょっとした皮肉だ。小麦の大産地であるシシリーに加え、サルジニアとコルシカを支配するようになったため半島では果樹園やオリーブ畑が増えていると聞く。
「では君の繁栄をバアル神に祈って」

2011/09/30

 馬車のドアが開くと加藤が深々と頭を下げている。
「キヨ様、お手を」
 二三発蹴飛ばしてやりたいが、衆目のなかだ。それにハミルカルの尽力で最下級とはいえ貴族の扱いを受けるように成っていたので軽はずみな行動は慎まざるをえない。
「ありがとう」
と、やむを得ず礼を述べ下車する。
 
 議事堂に隣接したセレモニーホールは巨大な建物だ。それはカルタゴの富の象徴でもある。私のような部外者が招待されたのは傭兵の反乱による内戦でハミルカルの下で大きな戦功をあげ、彼に推薦されたためである。
 簡単に実現したのは、叙勲や名誉を与えるのなら金はかからないからだと思う。

 護衛は入れないので私はピピと2人で受付の前に立った。
「ようこそおいでなさいました」
 この世界での名前を告げる。
「キヨ=サイト=カリステー」
「伺っております」
 今のカルタゴで私の名は、自分で言うのは恥ずかしいが、それなりに有名である。
「では」
と入ろうとすると止められた。
「体を検めさせていただきます」
 気色ばむピピを止める。これはハミルカルと敵対する現サフェット(カルタゴの統治者)ハンノ・ボミルカル(大ハンノ)の差し金だろう。気が進まない私としては勿怪の幸いだ。
「来たことだけを伝えていただければ結構」
ときびすを返す。
 これには相手も驚いたようだ。ハンノの手の者だとしても、ハミルカルの名声と影響力を考えれば当然だ。
「お、お待ちください」
「別にかまわぬ。元々私はこういう場は好かん」
 その時、後ろからトシアキの咳払いが聞こえ、ピピが私にすがりついた。ピピはこのパーティーを楽しみにしているのだ。
「お待ちください。確認してまいります」
 受付の男は少しの間、幕の裏に消えてから戻ってきた。
「手違いでございました。お入りください」
 誰に聞きに行ったわけでもない。彼の気配はずっとそこにあった。彼はハンノから金を受け取り、合法的に私の体を検めるチャンスに飛びついたのだろう。ハンノの単なる嫌がらせだ。
 欺瞞は大嫌いだけれど嬉しそうに耳を立てたピピの顔を見るとなんともいえない。
「了解した」

2011/09/29

(2)

会場へは馬車で向かう。ドレスは窮屈だが、嬉しそうに褒めてくれるピピに不満な顔は出来なかった。
「とても良くお似合いですよ、キヨ様」
「ありがとう」
キヨ・サイト、これがこの世界での私の名である。5年経ったいま斎藤清と呼ばれてもすぐに返事できるかどうか少し怪しい。もう元の世界に戻ることはできないのだろうか。
いや、まだ諦めるのは早い。富を蓄えたのは別に贅沢したいためではない――まあ少しはしたいけど。私達をこの世界に送り込んだ方法を探るためなのだ。

考え事をしていた私の顔をピピが覗き込んできた。猫娘のピピにはどうもきつく当たれない。
この世界の獣人で直接見たのは3種族だ。ケルト(ローマ人の言うガリア人)と混住する山猫族、ゲルマン人と混住する狼(犬)人間、そしてギリシャのセントール(ケンタウロス)である。私の配下には人間より前2者が多かった。
「ちょっと考え事をね」
「心配しなくても、みんなキヨ様についてきますよ」
「え?」
どうやら私の悩みを勘違いしたらしい。
「お金に目がくらんでヒスパニアに行く者などいません!」
「それはどうかなあ。それに行く人たちを悪く言っちゃだめだよ」
「なぜですかぁ?」
耳をねかせ尾をくねらせるピピは可愛すぎる。思わず撫でるとピピが身をよじらせた。頬ずりしようとするとピピは身をはなす。
「今はだめですよ、キヨ様。お化粧が崩れます」
「う、うん」
ピピの真剣な顔に笑い出しそうになったが、我慢する。彼女は彼女なりに私のことを心配してくれているのだ。
「ちょっとリボンを直しますから頭を下げてください」
「あ、ああ」

私の悩みは部下として抱え込んでしまったこの世界の住人たちの身の振り方であった。これまで集めた情報を元にさらなる探索の旅に出たい私にとって付き従う多くの部下たちは重荷である。可能なら元の5人のメンバー以外はバルカ家とヒスパニアに行きカルト・ハダシュト(現カルタヘナ)の建設に携わってもらいたかった。
しかし情報に通じたピピがああ言う以上……

「はい、これで大丈夫。もう着いたようですよ」
「うん」
ここで書き直しているのはエルフ戦記Ⅰの部分です。Ⅱの連載は中断しています。あまりにも中途半端な所で終わっているので、少し書き足す予定です。

エルフ戦記Ⅱ
https://docs.google.com/document/d/1IsXxwyFsvvlYPww_BvA7aOVznNrVzIiXcHtRBwSRCZs/edit?hl=ja https://docs.google.com/document/d/12D-UpnxeFxlxHA00o2zHbizILlUbf3alvoXmz40bOx8/edit?hl=ja

なお旧作品のエルフ戦記Ⅰは、以下に。ある程度ここを書き進めたら削除します。
エルフ戦記Ⅰの1

Ⅰの2
https://docs.google.com/document/d/1ybkgjrH81bINueL4r_rjQMrujFAS_-JY7nfoXYMPeAQ/edit?hl=ja
Ⅰの3
 https://docs.google.com/document/d/1w4ZDgQlIrsfu8Iia1e9Gi0WAt6TELW_WED_gjmdEIVQ/edit?hl=ja
Ⅰの4
 https://docs.google.com/document/d/1LG5P83X5NzEjvHByjjjJxpttug5kJn6l3hnqKSvnC_k/edit?hl=ja

2011/03/16

現在のバルカ家当主ハミルカルは、歴史上有名なハンニバルの父親だ。彼がこの時点でヒスパニアに向かうのは史実に即しており、歴史の大河はいささかの乱れもなく流れていた。魔法やピピたちのような人以外の知的生命体の存在は、まるで影響していないように思える。この世界は元の世界の改変された過去なのだろうか。もしそうなら歴史への干渉は避けたいものだ。

物思いにふけってしまい、しばらくしてピピと加藤が私の返事を待っていることに気づいた。
まずピピにうなづき、鏡の前に移動する。パーティーの時間は迫っていた。
「それで?」
これは加藤に。
「バルカ家と共に行くなら今日返事が欲しいそうだ」
「うん」
そのまま黙るが、加藤はおとなしく返事を待っている。バルカ家とは、ここで分かれると決めている。しかし今や私たちは大きな戦闘集団であり、平和になったカルタゴには居場所がなく、何らかの手を打つ必要があった。
その間にピピは太陽と潮風で脱色した私の髪を綺麗に結い上げる。しかめっ面からみると海へあまり行かないようにと言いたいのだろう。
ピピが化粧品を取り出すと今度は私が顔をしかめる番だ。普段なら断固拒否の化粧もハミルカル主催のパーティーとならば必要なのは分かっているのでやむを得なかった。
エルフらしからぬ浅黒い肌をせめて顔だけでもとピピはエジプト製の化粧品を塗りたくる。
次にピピが手にした口紅を睨みつけながらこう返事をした。
「バルカ家とはわかれる」
「そんな気はしていたよ」
「ただ同行したいものを止めはせぬ。部下たちにこう伝えてくれ。バルカ家に付いて行きたい者にもこれまでの給金を払うし、退職金は通常の5割増しだす」
「おいおい、辞めて行く者にか?」
「この地で傭兵稼業は続けられない。放置すれば新たな反乱の原因になる」
「わかったよ。それでパーティーには来てくれるんだな」
私がおとなしくアイシャドウを塗られるのを見て加藤はそのまま立ち去った。

2011/03/10

第1章 建国

(1)

日が落ち夜の帳が下りようとしているのにカルタゴの街の喧騒はおさまらなかった。ローマとの戦いから数えれば25年以上に及ぶ戦乱が収まったのを喜んでいるのだ。
最後の混乱は対ローマ戦のために雇った兵士の反乱で私たちはハミルカル・バルカの指揮のもと鎮圧に加勢した。
小さな咳払いでベッドの上の私は注意を室内に戻した。忠実なピピが精一杯のしかめっ面で睨んでいる。怒っているわけではないのは尾のクネリで分かる。大きな獣耳と尾を持つピピは猫人族の少女だ。
「そろそろお着替えにならないと」
「う、うん」
促されて服を脱ぐ。高級な宿でも珍しい大きな銅鏡には鋭い目付きのエルフ少女が写っていた。
この世界に魔法や獣人が存在するのはともかく、自分がエルフだというのは、5年たった今でも受け入れがたく慣れることができない。本来の私は、ユーラシアの東方に浮かぶ弧状列島で2200年後に生きていた平凡な男なのだ。
ピピがトルソーのドレスをとりに立ち上がった時いきなりドアが開いた。
「大変だぞ、キヨ」
隙間から顔を出したラテン系男子は元の世界からの私の友人加藤健一だ。喧嘩を吹っかけたくはないが、こちらは裸である。あわててシーツをかき寄せて叫んだ。
「ノックぐらいしろ。ケンの間抜け」
「わるいわるい。しかし俺とお前の仲で」
性におおらかなここでは関係があると言っているの等しい。ピピも怖い顔になった。
「どういう意味だ」
奴も意味を悟ったらしい。
「だからさあ。そのー親友って意味だよ」
シーツの下でドレスに袖を通して立ち上がる。ベッドで立つとさすがに加藤を見下ろすことができた。
「まあいい。それで何のよう?」
私は鏡の前に移動し、ピピに髪を整えてもらいながら返事を待つ。
「バルカ家は町を出るらしい」

2011/03/04

エルフ戦記 Ⅰ 序

この物語はレントゥルスとフラックスが執政官であった年、ハンニバル将軍の父ハミルカルがヒスパニア遠征を決めたカルタゴの町から始まる。
物語の主人公であり語り手でもあるカリステー陛下がカルタゴの町にさっそうと現れるまでの経緯は、アルゴスのヘレンが著した『海の女王』に詳しい。
なお文中に不明の点があるならそれは筆者の不才のためであることを付け加えておく。

アウレリア・コッタ著『エルフ戦記』序文より

エルフ戦記について

 某所で書いていた物語です。種々の理由で中断していましたが、あらためて書き直すことにしました。
ただ長いお話ですので、一気に書きなおす時間もなく、モチベーションの維持も難しそうなので、 ここに少しづつ書いていくことにします。